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サマリー
あらすじ・解説
キッコーマンは、食にまつわる楽しさやうれしさをつづっていただく「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセー、作文コンテストを応援しています。
今回は、第10回「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセー、作文コンテスト」のために直木賞作家の山本一力さんが書き下ろしたエッセー「だらくうどん」をお届けします。
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「だらくうどん」 山本一力
あれを初めて頂いたのは昭和43年正月二日。年賀訪問先の矢矧家(横浜市)だった。
喜市・芳子夫妻は共に山形県村山市出身で、自動車部品製造工場を営んでおられた。
初詣の話が弾み、思いのほか長居となった。
「わたしらが馴染んできた、村山の味を」
喜市さんの声がかりで用意された夕食が、村山地方に伝わるだらくうどんだった。
大型卓の真ん中にガスコンロと、水を張った大鍋がセットされた。
喜市・芳子夫妻と三人のお嬢、わたしで鍋を囲んで座った。
銘々がとんすいにカツオの削り節、刻みネギを取り、生卵を割り入れた。
そして醤油差しの生醤油を好みの濃さに注ぎ入れた。
あとは湯の沸騰を待ちながら、初春の居間でおしゃべりに興じた。
三姉妹とも横浜・山手の私立女子校卒だった。
長女入学時、学費が高いから三人は無理ではないかと、芳子さんは学校から言われた。
が、三人とも卒業させた。学費の心配を三姉妹にさせぬよう、がむしゃらに芳子さんも働いたという。
若造だったわたしが聞き入っていたとき、湯が沸騰した。
乾麺を投げ入れ、ほどよきところで、とんすいに取った。 銘々がじか箸で。
鰹節・生卵・醤油が、熱々のうどんと絡まり合う。
食べ進むにつれて味が薄まると、生卵・鰹節を足して、醤油を加えた。
刻みネギと、美味さを喜ぶ弾んだ声とが、絶妙なる薬味となった夕餉だった。
*
大正生まれの矢矧さんご夫妻から、昭和生まれのわたしが半世紀も昔に、だらくうどんを教わった。
2019年正月。カミさん、平成生まれの息子ふたりと大鍋を囲んだ。
初のひと口をすするなり「美味い」「おいしい」の声、声。
今年で次男も大学卒業だ。
やっと学費の払いから解放されると安堵した刹那、遠い昔にうかがった芳子さんのあの話を思い出した。
煮えたぎったひとつの大鍋に、全員で箸を差し入れて取ったうどん。
乾麺・鰹節・ネギ・生卵・醤油が、互いに支え合って生み出した素朴な味。
されども他では真似のできない、独自の味わいでもある。
これこそが家族そのものだ。
学費話に込められた、芳子さんの深い情愛。
三姉妹のご家族同様、我が家も受け継がせていただいた。
やがて来る新しい時代をさして、転がり続ける「家族のおいしい記憶の指輪」となって。
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大切な人たちと一緒に鍋を囲む。おなかだけでなく、こころも満たされる、だんらんのひと時。そんな「おいしい記憶」が、明日への力につながりますように。
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