Audible会員プラン登録で、20万以上の対象タイトルが聴き放題。
-
私が現役であることを思い知った夜
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 20 分
カートのアイテムが多すぎます
カートに追加できませんでした。
ウィッシュリストに追加できませんでした。
ほしい物リストの削除に失敗しました。
ポッドキャストのフォローに失敗しました
ポッドキャストのフォロー解除に失敗しました
Audible会員プラン 無料体験
あらすじ・解説
こちらもおすすめ
-
「たとえ」の功罪
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 北條 仁吾
- 再生時間: 7 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
何か物事を説明する時、人はよく「たとえ」を使う。「たとえ」は普通は「例え」の字を使うことが多く、私も普段はこの字を使うが、「譬え」とも書き、本来は私もこの字を使いたいと思っているので、今回の「松聲館日乗」では、「譬え」の字を主に使っていきたいと思う。 さて、この「譬え」だが、物事を他人にわかりやすく説明する時、きわめて便利だから、私もしばしばこれを使う。しかし、「譬え」は便利なだけに問題も多い。なぜなら他人にある事を説得しようという場合、諺と同じく状況に応じて恣意的に「譬え」を例に出して説明するからである。 たとえば、「磁石のSとN」「男と女」は「違うから相手を引き寄せやすい」と説明するかと思えば、「朱に交われば赤くなる」、「類は友を持って集まる」という「同じようなものは集まりやすい」という諺を引いて、全く別の状況を相手に納得させようとする。このような事は新宗教の幹部や教師の講話などに極めてその例が多い。(本文より)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
剣術は甘くない
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 25 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
私は全国各地で講習会を行なっているが、いまさらのように「剣術は甘くない」という事を最近時折感じる。というのは、剣道や何か古流の剣術を学んだとかいう訳でもなく、ただ自分なりに竹刀や木刀で稽古している人の中に、ごくたまにではあるが、なかなか意表をつく間合いで打ち込んで来る人物がいるからである。 剣術における真剣勝負に関しては、坂本龍馬を斬った人物という事で有名な、直心影流の遣い手で京都見廻組の今井信郎が「免許とか目録とかいう人間達を切るのは素人を切るよりはるかに容易。剣術など習わないほうが安全」と子孫に言い残し(『坂本龍馬を斬った男』今井幸彦著)、また雖井蛙流の開祖深尾角馬ほどの名人でも「無手人(素人)あなどるべからず」と伝書に書き残している。(本文から)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
達成感の得られない仕事とどう向き合うか
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 12 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
いつの間にか、周りは一面の青葉に包まれる季節となった。振り返ってみると桜が咲き始めた頃から今に至るまで、用件がたて込んで、その折々の木々の変化はもちろん知っていたのだが、以前のようにしみじみとそうした東北では春紅葉といわれている新緑の変化を楽しむゆとりもなかった事にあらためて気がつく。忙しさはもう随分前から慢性的になってはいるが、今年は特にそれがキツイように思う。ただ、ありがたい事に、私の仕事は私が選んで自分からこの事に積極的に関わることが出来る仕事だから、やればやっただけの達成感もあるし、仕事としてやりがいもある。しかし、現代という時代の非常に大きな問題は、仕事にやりがいや達成感を求められないものが増えてきているという事である。こういうと、「いや、どんな仕事でも心がけ次第でそれは生き甲斐になるのだ」というような事を主張される方もあるかもしれないが、そういう風に言えた時代は、まだ現代のようなおよそ生き甲斐を持ち得ない仕事がなかったからだと思う。 (本文より) 甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
どこまでを自力とし、どこまでを他力とするか
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 北條 仁吾
- 再生時間: 12 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
このところ『歎異抄』のことが気になって、私も何度か関西で公開トークをさせていただいた練心庵の釈徹宗先生に、お勧めの『歎異抄』や親鸞上人に関する本を伺ったところ、いくつかメールでお知らせいただいたので、梯實圓著『聖典セミナー歎異抄』・『親鸞聖人の教え・問答集』や、梯實圓・平松令三・霊山勝海共著の『念仏と流罪』などを購入。また釈先生からはNHKEテレの『100分de名著』のテキストやDVDなども送っていただいた。 私がなぜ『歎異抄』や浄土宗、浄土真宗に最近強く関心が出たかというと、多くの人に知られている「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」の「悪人正機説」の底にある考え方は、「悪人というのは、その悪をせざるを得ない巡り合わせの気の毒な人なのだから、そういう人にこそ救いがなければならない」ということではないかと思うからである。(本文より)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
「運命論は修正可能である」という安易な言説への違和感
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 12 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■巨大新宗教団体の信者の前で語ったこと 私の知る限り、世界の殆どの宗教は予言と共に個人の努力も説いており、禅のような、そういう事にあまり関わらない姿勢をもっている宗派であっても、禅の一派「潙仰宗」の開祖の一人で小釈迦とも呼ばれていた仰山慧寂などは予言を行なっていたことが『臨済録』の中にも書かれている。「予言があり、同時に個人の努力も説く」。そうした事が不思議なほど多くの宗教に共通している。そして、矛盾しているといえば矛盾しているこの事実に関して、新宗教などは「人間の運命は、いちおう決まってはいるが、それは人間の努力によって変えることが出来る」、つまり運命は修正可能なのだと説いていることが多い。しかし、私はこの考えに接した時、非常な違和感を覚えた。。(本文から)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
多くの人の思いを代弁する詩人・銀色夏生女史
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 12 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
今日は代官山のライブハウス「山羊に、聞く?」で、詩人の銀色夏生女史とのトークイベントがあった。トークが始まるのは20時だから、夕方までゆっくりできると思っていたら、朝、陽紀が夏風邪らしく、熱を出してダウンしているとのメールが届く。この日、陽紀は定例のよみうりカルチャー自由が丘教室の講座の日。どうしようか迷っているような気配だったので、「ここは私の出番だろう」と、私が代打で行くことにした。ちょうど1年くらい前にも陽紀がどうしてもこの講座に行けないことがあり、私が代打を買って出たことがあるので、勝手は分かっていたから問題はないが、何しろ山積する用件と格闘中で、「今日は夕方まで時間がとれる」と思っていた予定が外れたのは、いささか痛い。しかし、まあ親として、また同じような職業を持つ者として役に立てるのはこんな時ぐらいだからと、行くことにしたのである。(本文より) 甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
「たとえ」の功罪
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 北條 仁吾
- 再生時間: 7 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
何か物事を説明する時、人はよく「たとえ」を使う。「たとえ」は普通は「例え」の字を使うことが多く、私も普段はこの字を使うが、「譬え」とも書き、本来は私もこの字を使いたいと思っているので、今回の「松聲館日乗」では、「譬え」の字を主に使っていきたいと思う。 さて、この「譬え」だが、物事を他人にわかりやすく説明する時、きわめて便利だから、私もしばしばこれを使う。しかし、「譬え」は便利なだけに問題も多い。なぜなら他人にある事を説得しようという場合、諺と同じく状況に応じて恣意的に「譬え」を例に出して説明するからである。 たとえば、「磁石のSとN」「男と女」は「違うから相手を引き寄せやすい」と説明するかと思えば、「朱に交われば赤くなる」、「類は友を持って集まる」という「同じようなものは集まりやすい」という諺を引いて、全く別の状況を相手に納得させようとする。このような事は新宗教の幹部や教師の講話などに極めてその例が多い。(本文より)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
剣術は甘くない
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 25 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
私は全国各地で講習会を行なっているが、いまさらのように「剣術は甘くない」という事を最近時折感じる。というのは、剣道や何か古流の剣術を学んだとかいう訳でもなく、ただ自分なりに竹刀や木刀で稽古している人の中に、ごくたまにではあるが、なかなか意表をつく間合いで打ち込んで来る人物がいるからである。 剣術における真剣勝負に関しては、坂本龍馬を斬った人物という事で有名な、直心影流の遣い手で京都見廻組の今井信郎が「免許とか目録とかいう人間達を切るのは素人を切るよりはるかに容易。剣術など習わないほうが安全」と子孫に言い残し(『坂本龍馬を斬った男』今井幸彦著)、また雖井蛙流の開祖深尾角馬ほどの名人でも「無手人(素人)あなどるべからず」と伝書に書き残している。(本文から)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
達成感の得られない仕事とどう向き合うか
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 12 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
いつの間にか、周りは一面の青葉に包まれる季節となった。振り返ってみると桜が咲き始めた頃から今に至るまで、用件がたて込んで、その折々の木々の変化はもちろん知っていたのだが、以前のようにしみじみとそうした東北では春紅葉といわれている新緑の変化を楽しむゆとりもなかった事にあらためて気がつく。忙しさはもう随分前から慢性的になってはいるが、今年は特にそれがキツイように思う。ただ、ありがたい事に、私の仕事は私が選んで自分からこの事に積極的に関わることが出来る仕事だから、やればやっただけの達成感もあるし、仕事としてやりがいもある。しかし、現代という時代の非常に大きな問題は、仕事にやりがいや達成感を求められないものが増えてきているという事である。こういうと、「いや、どんな仕事でも心がけ次第でそれは生き甲斐になるのだ」というような事を主張される方もあるかもしれないが、そういう風に言えた時代は、まだ現代のようなおよそ生き甲斐を持ち得ない仕事がなかったからだと思う。 (本文より) 甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
どこまでを自力とし、どこまでを他力とするか
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 北條 仁吾
- 再生時間: 12 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
このところ『歎異抄』のことが気になって、私も何度か関西で公開トークをさせていただいた練心庵の釈徹宗先生に、お勧めの『歎異抄』や親鸞上人に関する本を伺ったところ、いくつかメールでお知らせいただいたので、梯實圓著『聖典セミナー歎異抄』・『親鸞聖人の教え・問答集』や、梯實圓・平松令三・霊山勝海共著の『念仏と流罪』などを購入。また釈先生からはNHKEテレの『100分de名著』のテキストやDVDなども送っていただいた。 私がなぜ『歎異抄』や浄土宗、浄土真宗に最近強く関心が出たかというと、多くの人に知られている「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」の「悪人正機説」の底にある考え方は、「悪人というのは、その悪をせざるを得ない巡り合わせの気の毒な人なのだから、そういう人にこそ救いがなければならない」ということではないかと思うからである。(本文より)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
「運命論は修正可能である」という安易な言説への違和感
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 12 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■巨大新宗教団体の信者の前で語ったこと 私の知る限り、世界の殆どの宗教は予言と共に個人の努力も説いており、禅のような、そういう事にあまり関わらない姿勢をもっている宗派であっても、禅の一派「潙仰宗」の開祖の一人で小釈迦とも呼ばれていた仰山慧寂などは予言を行なっていたことが『臨済録』の中にも書かれている。「予言があり、同時に個人の努力も説く」。そうした事が不思議なほど多くの宗教に共通している。そして、矛盾しているといえば矛盾しているこの事実に関して、新宗教などは「人間の運命は、いちおう決まってはいるが、それは人間の努力によって変えることが出来る」、つまり運命は修正可能なのだと説いていることが多い。しかし、私はこの考えに接した時、非常な違和感を覚えた。。(本文から)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
多くの人の思いを代弁する詩人・銀色夏生女史
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 12 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
今日は代官山のライブハウス「山羊に、聞く?」で、詩人の銀色夏生女史とのトークイベントがあった。トークが始まるのは20時だから、夕方までゆっくりできると思っていたら、朝、陽紀が夏風邪らしく、熱を出してダウンしているとのメールが届く。この日、陽紀は定例のよみうりカルチャー自由が丘教室の講座の日。どうしようか迷っているような気配だったので、「ここは私の出番だろう」と、私が代打で行くことにした。ちょうど1年くらい前にも陽紀がどうしてもこの講座に行けないことがあり、私が代打を買って出たことがあるので、勝手は分かっていたから問題はないが、何しろ山積する用件と格闘中で、「今日は夕方まで時間がとれる」と思っていた予定が外れたのは、いささか痛い。しかし、まあ親として、また同じような職業を持つ者として役に立てるのはこんな時ぐらいだからと、行くことにしたのである。(本文より) 甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
宮崎駿監督との出会い
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 古川 雅達
- 再生時間: 25 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
この夏、話題となっている映画『風立ちぬ』は、宮崎駿監督の作品だが、宮崎監督といえば、私にとって今まで観たあらゆる映画・演劇の中で最も大きな衝撃を私に与えた『もののけ姫』の印象があまりに強いため、それ以降の作品はどうしても私の中に深く入ってはこない。これは、私の勝手な推測だが、宮崎駿監督にしても、『もののけ姫』を作ってしまった以降は、あれほどのメッセージ性を持った作品は作ることが大変困難なのだと思う。とにかく今から16年前の1997年に観たあの『もののけ姫』の衝撃は、薄まったとはいえ今なお私の中に深く残っていて、宮崎監督と聞けば反射的に『もののけ姫』という事に連想が結びついてしまう。(本文より)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
-
-
ナレーターが
- 投稿者: covy 日付: 2018/05/01
著者: 甲野 善紀
-
合気道との出会いと別れ
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 40 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■切実な課題 「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という、言葉にすればどうにも矛盾している事を21歳の時、大確信をもって実感してしまった私は、同時に現代社会が見栄と体裁を取り繕い、権威主義にまみれている事に対する根本的なおかしさも実感していた(たとえば現代医学のさまざまな治療法をもってしても、どうにもならないような難病が、断食と生野菜食といった事によって、驚くほど良くなっても、その事を医学界は公式には絶対認めず、マスコミもそうした事を週刊誌等で噂程度には流しても、決して本気で取り上げようとはしない)。だから、大会社や有名企業に就職したいなどとは露ほども思わず(というか、当時の私の気持ちとしては、そういう所に入る事は悪魔に魂を売るようなものだとまでは思わないまでも、そうした気持ちに近かったと思う)、それだけに、どういう仕事に就くかも悩みの種だった。そうしたなか、とにかく、いかなる環境であっても自分の気持ちが揺るがない生き方をしたい、という思いは、当時の私にとって最も切実な課題であった。。(本文から)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
-
-
著者の誠実さ
- 投稿者: 徒然相人 日付: 2023/01/28
著者: 甲野 善紀
-
『東京ブギウギと鈴木大拙』で見えてきたこと
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 1 時間 2 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
このところ各所から本が届いているが、その中でも、「この本に関しては、感想というよりも、この本によって考えさせられた禅に関するさまざまな問題について、私自身の中を整理しておかなければ…」という思いにさせられた本は、人文書院から刊行された『東京ブギウギと鈴木大拙』である。著者は山田奨治国際日本文化研究センター教授。 世に出版される数多くの本の中には「このジャンルでは、この人だな」と思わせられる本があるが、本書はまさにそれにあたる。この山田教授は、かつて書かれた『禅という名の日本丸』の中で、オイゲン・ヘリゲル著『弓と禅』の中で最も要となっている部分について大きな疑問をあぶり出されていたからである。それは、オイゲン・ヘリゲル東北帝国大学講師の弓の師である大射道教創始者の阿波研造が、闇の中で微かな蚊取り線香の光だけを頼りにして、的の中心に矢を射当て、さらにもう一筋の矢も、的の中心に射当てた矢の矢筈を割って、二本の矢が重なって的に刺さっていたという話についての神話的状況描写についてである。(本文より) 甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
すべてのことに時期がある−−養老孟司先生との出会い
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 24 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
昭和62年(1987年)5月、振武舘の黒田鉄山先生と縁が出来て以来、私は度々随分長い時間、黒田先生とも電話でいろいろと武術談義を交わしていたが、やがてその影響は私の武術原理に決定的な変化をもたらした。黒田先生と出会って5年、1992年に私は今までの体の芯を細くするように、体に縒りをかけるような術理から、体を捻らず、固定的な支点を排した「井桁崩しの術理」を提唱するようになっていった。(ついでに述べておくが、私は平成という元号がどうしても好きになれず、平成になってからは、専ら西暦か干支で年号を表わすようになった)(本文から)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
現代のゴルフ理論は根本から大間違い
- 著者: 甲野 善紀
- ナレーター: 古川 雅達
- 再生時間: 14 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
◇動かないボールを見て打つのはナンセンス このところ、とにかく今までにない忙しさで、かなり重要な用件もうっかり直前まで気づかなかったり、ダブルブッキングをしてしまったりする事が相次いでいて、「何とかしなくては……」と思うが、何ともならないありさま。ただ、そうした環境の中でも技の気づきは続き、進展がある。いや、そういう環境だからこそ、かえって稽古への意欲が高まったり、忙しさのあまり数日前までやっていた事を忘れていたりするので、かえって発想が新しくなるのかもしれない。 (本文より)甲野善紀の「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」はこちらから→http://yakan-hiko.com/kono.html
著者: 甲野 善紀
-
成功する人は選ばない―—決断の心理学
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 15 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■人生の岐路で迷ったことがない 僕は、人生を左右するような大きな決断について、あまり迷ったことがありません。日常生活ではしょっちゅう迷うのに、転職するとか、新しいことに取り組むといった大きな決断においてはあまり迷ったことがない。 なぜかというと、それが重要で、大切な決断であるほど、自分の力だけで選ぶものではないと考えているからです。少なくとも僕は、「人生における大事な選択」って、基本的に自分の力では選べないことが圧倒的に多い、と考えています。 逆に言えば、僕らが自由に選べることって、たいていどうでもいいことなんです。こういうと語弊があるかもしれませんが、少なくとも人生を大きく左右するような選択というのはだいたい、僕らが自分の意志では関与できないような、前世からの因縁みたいなもので決まっていることが多い。(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
「すぐやる自分」になるために必要なこと
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 10 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
損得ではなく、縁で選ぶ 就職活動のシーズンになると特に多くなるのが、「優柔不断で物事を決められない」というお悩みです。 優柔不断というのは、もちろん「性格的な特性」ということもありえます。ただ、若い方の就職や進路選択といったケースでは、性格以前に、そもそも「選ぶ」あるいは「決める」ということに慣れていない、ということも少なくありません。 就職活動を控えた学生の方から相談を受けると気づくのは、彼ら、彼女らの多くが、「初任給」「待遇」「社員数」「福利厚生」といった、数字やデータで表すことのできる指標で頭がいっぱいになっていることに気がつきます。 言うまでもなく、就職先を決めるときに、それらの数字やデータは大切です。でも、そういう数値で表せるような「客観的な情報」というのは、最終的に何かを「選ぶ」ときには決め手になってくれません。(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakanhiko.com/nakoshi.html
-
-
タイトルがおかしい
- 投稿者: アマゾンカスタマー 日付: 2018/07/09
著者: 名越 康文
-
違いに気づくことが成長のカギ—退屈の心理学
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 7 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■面倒臭いとは何か 「面倒臭い」という心理とどう付き合っていくかというのは、意外に深いテーマなんです。「面倒臭い」というのはどういうことか。それは、いま自分が置かれている状況や取り掛かっている物事が、自分にとって「退屈である」ということにほかなりません。そして「退屈である」というのは実は「怒り」なんです。ただ、退屈=怒りと言われても、多くの人はちょっとピンとこないかもしれませんね。というのも、「怒り」というと一般的には「カチンとくる」とか「ムカッとする」という、どちらかというと瞬間的な怒りをイメージされる人が多いから。でも、「退屈」というのは、そういう瞬間的な怒りとは異なる、持続的な怒りの感情のことです。。(本文より)名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakanhiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
驚きがなければ、他人に共感することなどできない
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 13 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
相手の痛みを知る、もしくは喜びをわかちあうという意味での共感は、人と人とがコミュニケーションする上での基盤といってもいいものです。また、大自然の美しい景色や素晴らしい芸術に触れたときに僕たちの心が揺さぶられるのは、僕らが「モノ」や「コト」に感応、あるいは共感する力を持っているからです。(本文より) 精神科医名越康文メルマガ「生きるための対話(dialogue)」はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
「筋肉」よりも「骨」を使え!
- 著者: 甲野 善紀, 松村 卓
- ナレーター: デジタルボイス
- 再生時間: 4 時間 28 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
武術研究の第一人者・甲野善紀とスポーツトレーニングの革命児・松村卓による、かつてない革新的な「身体の使い方」を提唱する対談。
著者: 甲野 善紀, 、その他
-
親しみに空気がなければ議論などできない
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 8 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
言葉には射程距離があります。 言葉を発する人がそれを意識しているかどうかとは関係なく、言葉にはそれが「届く」距離というものがある。言葉は辞書的な意味として使われる「道具」ではなく、それを発した人、あるいは受け取る人が持つ歴史的、心理的、あるいは関係性によって、届いたり、届かなかったり、誤解されたり、矮小化されたりするものなのです。 これは、言われれば誰もが思い当たる、言葉が持っている当たり前の性質です。しかし実際には、しばしば無視されたまま言葉が交わされ、そこに膨大な誤解や軋轢が生まれているのです。 言葉の射程距離は、その言葉を取り巻く枠組みを何となく共有できるかどうかによって決まります。それを共有できなくなった瞬間、言葉はありとあらゆる形で誤読されるようになります。 精神科医名越康文メルマガ「生きるための対話(dialogue)」はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
お掃除ロボットが起こした静かな革命
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 7 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
先日、とある雑誌の企画で、いわゆる「お掃除ロボット」を使わせていただく機会がありました。正直、これまであまり必要性を感じたことはなかったのですが、使ってみると非常に面白かった。 ただ、僕の自宅で使い続けるにはひとつだけ、大問題がありました。それはお掃除ロボットが部屋を動き回るたびに、インコの「おもち」が、引きつけを起こしそうなぐらいに怖がってしまうということです。お掃除ロボットも捨て難いけれど、「おもち」はまぁ義理のある以前からの同居人(鳥)ですからね。残念ながら我が家で使い続けるのは不可能! ということになり、大阪出張のついでに、母親に譲ることにしました。 私の母親も80歳を超えていて、僕としては「お掃除ロボットなんて、使い方わかるのかなぁ?」と半信半疑だったんですが、ふたを開ければすごく喜んでくれました。よく考えてみればうちの母親は掃除や洗濯といった家事が大の苦手。彼女にとっては、「勝手に掃除をしてくれるロボット」というのは、文字通り夢のような家電! ということなのでしょう。(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
本当の個性とは「圧倒的変態性」である
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 10 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■「常識の毒」は、薬に変えられるか? いつの時代も、この世界には「常識を大切にせよ」というメッセージと、「常識を打ち破れ」というメッセージの両方が存在してきました。もちろん公には、非常識な振る舞いを戒め、常識に沿った生き方が推奨されていることは言うまでもありませんが、その一方で、「常識を打ち破れ」というメッセージもまた、私たちの周りにはあふれているのです。 「常識に囚われない非凡な発想」がなければ新しい商品、新しいビジネスは生まれないとか、「大会社のサラリーマンになるのではなく、独立して自由な働き方を模索せよ」とか、「常識的な結婚観や家族観に囚われず、自分なりの生き方を見つけよう」など……。こうした「常識を打ち破れ」というメッセージは、古今東西、繰り返し語られてきたものです。 さて、では常識というのは守るべきものなのか、それとも、打ち破るべきものなのか。どちらなのでしょうか?(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
誰からも評価されない「助走期間」が本当の才能を育ててくれる
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 18 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■才能の本質は、誰も評価のくだしようがない場所に宿る 「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」ということがよくいわれます。確かに、一言で「才能」といっても多様です。頭が良い人には学者の才能があるかもしれないし、発想の斬新さを持つ人は、アーティストの才能を持っているかもしれない。運動能力の高い人は、アスリートとしての才能に恵まれている、といえるかもしれない。 でも、もしそういうものだけを「才能」と呼ぶのであれば、やはり才能というのは、一部の恵まれた人だけに宿るもの、というほかないでしょう。なぜなら、現実問題としてそれらの「才能」を開花させ、大きな成功を収めている人はごく一部だからです。あるいは、若い頃「才能がある」と評価されたとしても、その世界で20年、30年という時間を経てなお高い評価を得続ける人は残念ながら、わずかです。(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
「読めない本」を持ち歩こう
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 10 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
人生の中で「限界を超える」経験を時々しておくこと。これは、けっこう大切なことなんです。それは別に、周囲から評価されるようなことじゃなくてもいい。自分なりに何か、「限界を超える」テーマを持っておくのがいいんですね。 自分の限界を超える体験をすると、心の奥底からふつふつと勇気が湧き上がってきます。といっても、別に、めちゃくちゃきついことなんてやる必要はありません。例えば「とにかくゆっくり動く」なんていう、ちょっと変わったテーマにチャレンジしてみてもいい。(本文より) 精神科医名越康文メルマガ「生きるための対話(dialogue)」はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
-
-
読書の真髄
- 投稿者: クマウゼヴィッツ 日付: 2023/01/09
著者: 名越 康文
-
「よくわからない」イギリスのEU離脱
- 著者: 平川 克美
- ナレーター: 菅沢 公平
- 再生時間: 14 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
ヒラカワです。 イギリスEU離脱の問題に関して、専門家たちが様々なことを言ってるけど、よく分からないですね。ビジネスへの影響を心配しているひとたちは、だいたい、みんな金のことを言ってるだけなんですよ。「株がどうした、こうした」と。本来、株には無縁なひとまで、損得感情みたいなことだけを言っている。新聞も雑誌も。 でもそれは、イギリスがEUを離脱したことの結果であり、なぜ抜けたのか、問題の本質的なところに対しての解説で、納得のいくものがありません。イギリスが離脱して、しばらくの間、株価が下がるのは当たり前。当たり前のこと言ってもしかたないでしょう。 もうひとつは、イギリス国内の貧困層を中心にして、ナショナリズムが立ち上がって、アメリカのトランプ状況みたいなこと起きているというひとがいますね。例えば、移民排斥もその流れで説明します。それが住民投票で、離脱へのベクトルを志向したというわけです。 (本文より) 内田樹&平川克美の「大人の条件」はこちらから→http://yakan-hiko.com/uchida.html
著者: 平川 克美
-
20歳までに知っておきたい「本当の愛」の話
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 8 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
僕はここ数年、「暗い心を打ち払うためには身体を動かしましょう」「朝に、自分の力で明るい気持ちを作りましょう」ということを繰り返しお伝えしてきました。 ただ、その話を聞いて「なるほどそうだ」と納得しても、実際にはそれを実践できない、という人は少なくありません。「自分の心を明るくするには身体を動かさなければいけない!」と頭では納得しても、実際にそれを行動に移すということがどうしても難しい。 これはダイエットでも、英会話でも同じですね。「がんばろう!」と思い立っても、どうしても3日坊主で終わってしまう。なぜそんなことが起きるのでしょう。(本文より) 精神科医名越康文メルマガ「生きるための対話(dialogue)」はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
著者: 名越 康文
-
人見知りを克服する方法
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 6 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
■人見知りの起源 発達心理学的には「人見知り」は、いわゆる「物心がつく」2-3歳の頃から始まります。生まれてからしばらく続く母親との幸福な一体感。そこに介入しようとする異物(父親や他人)への拒否反応が、「人見知り」の根っこにある感情です。 もちろん、成長とともに、人は母親だけでなく、父親や兄弟、あるいは友人や恋人に対しても一体感を感じるようになります。しかしその都度、「それ以外」の対象に対して拒否反応が起きる。一般的にはこれを「人見知り」と呼んでいるのではないかと思います。 言い換えれば「人見知りを克服する」というのは、人間の本能に反したことだと言うこともできるでしょう。人間にとっての「快」は基本的に、「慣れ親しんだ環境への一体感」のほうにあります。人見知りを克服するには、わざわざ幸福な一体感を捨て、「不快」の方向へ舵を切ることが必要です。ですから理論的には、人見知りを克服するには、「母親との一体感を捨てるほどの利益」を、自分自身が納得する必要があります。(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakan-hiko.com/nakoshi.html
-
-
誤用
- 投稿者: Amazon カスタマー 日付: 2018/08/08
著者: 名越 康文
-
映画『何者』評〜水面下でディスり合う若者たち
- 著者: 切通 理作
- ナレーター: 菅沢 公平
- 再生時間: 9 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
青春映画の傑作として評価された『桐島、部活やめるってよ』(2012)の原作者である平成生まれの若手作家・朝井リョウの小説を映像化。監督は演劇集団『ポツドール』を主宰する劇作家・演出家で、映画では『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(2010)や、自作舞台の映像化『愛の渦』(2014)等を手掛けた三浦大輔。 佐藤健(さとう・たける)、菅田将樹(すだ・まさき)、二階堂ふみ、有村架純(ありむら・かすみ)、岡田将生(おかだ・まさき)が演じる5人が、就職活動に悩むお互いを表面上では励ましながらも、水面下でけん制し合う若者たちを演じている。佐藤の先輩役として山田孝之(やまだ・たかゆき)も出演。 就活といっても、企業側が彼らをどういう基準で採用・不採用にするのかという基準は一切示されない。彼らの態度の何がプラスで何がマイナスだったのかも明示されないのだ。(本文より)切通理作の「映画の友よ」はこちらから→http://yakan-hiko.com/risaku.html
著者: 切通 理作
-
“積ん読(つんどく)”の効用
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 11 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
「本を買っても、結局は読まずに積み上げているだけなんです」という人がいます。実は何を隠そう、僕も多くの本を「積ん読」にしている人間です。「まったく読んでない」と言うとそこまで多くはないかもしれませんが、初めのほうを読んだだけでそのまま放置、ということであれば、おそらく買った本の少なくとも7割は「積ん読」になっています。 もちろん、引越しなどの際には処分しますが、少なくとも何百冊という「ちゃんと読んでいない本」が本棚にあることはまちがいないでしょう。 断捨離に代表されるような片付け・整理術の観点からいえば、こうした「今後、まず読むことのない本」はさっさと捨てた方がいい、ということになるでしょう。僕も、こうした「使わないなら捨てる」という意見に、基本的に賛成です。 (本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakanhiko.com/nakoshi.html
-
-
納得!
- 投稿者: クマウゼヴィッツ 日付: 2023/01/09
著者: 名越 康文
-
海野十三 「科学が臍を曲げた話」
- 著者: 海野 十三
- ナレーター: 中山 依里子
- 再生時間: 1分未満
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
日本人がSFを語る上で絶対に外してはいけない作家、海野十三。数多くのSF作品を執筆し、他にもシャーロック・ホームズをもじった「帆村荘六」シリーズや、丘丘十郎の名で科学小説を執筆したり、蜆貝介、栗戸利休の名で科学解説記事を、京人生の名で漫画、海十斎の号で俳句や川柳を発表している。また、日本の漫画界にも多くの影響を与えている。「科学が臍を曲げた話」は、丘丘十郎の名で発表された短編科学エッセイ。錬金術、電気メス、避雷針…科学史において画期的な発明がなされる時の裏側、当たり前だと思っていた科学に人間がまんまと裏切られる瞬間。一筋縄ではいかない科学の本質を、分かりやすく面白く解説。海野十三ならではの洒落た文体が織り成す、不思議な科学の世界へようこそ。
著者: 海野 十三
-
悪い習慣を断ち切る5つのコツ
- 著者: 名越 康文
- ナレーター: 根本 泰彦
- 再生時間: 11 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
解決しない悩み事には「楽したい」がある 「つい食べ過ぎてしまう」 「つい怒ってしまう」 「ついダラダラしてしまう」 あらゆる悩みの根源には、こうした「やってはいけないとわかってはいるんだけど、ついやってしまう」習慣があります。ダイエットをしたい人は「つい食べ過ぎてしまう」習慣をやめればいい。さらに言えば「悪い習慣をやめて、良い習慣を始める」ということさえできれば、悩みごとは解決です。部屋を片付けたい人は「散らかす」習慣をやめて「片付ける」習慣をつければいいわけです。 簡単なことですよね。ただ、実際にはこの「ついやってしまう」、あるいは「ついサボってしまう」習慣を変えることが難しいわけです。なぜでしょう?(本文より) 名越康文の生きるための対話(dialogue)はこちらから→http://yakanhiko.com/nakoshi.html
-
-
toshi
- 投稿者: とし 日付: 2018/02/05
著者: 名越 康文
-
チョークの神さま〜ガラクタのようなものがまぶしく見えるとき
- 著者: 茂木 健一郎
- ナレーター: 後藤 敦
- 再生時間: 11 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
公立中学を卒業して、ぼくは、国立の進学校に入った。噂をききつけた近所の人が、すぐに家庭教師を頼んできた。 だから、ぼくは、高校一年生からアルバイトをすることになった。思えば、それからずっと働く人生である。家庭教師は、それから大学院を卒業するまで、ずっと携わった。 大学生のとき、少し離れたところに住む黒坂くんのお母さんが、家庭教師を頼んできた。大きな森の中の屋敷に住む、「おぼっちゃん」だった。 黒坂家は、お父さんが貿易でずいぶん儲けて、基礎を築いたらしい。大きな犬が二頭、屋敷の中で走り回ってきて、呼び鈴を押すとワンワン吠えた。その勢いがあまりにも凄いので、犬好きのぼくもちょっと尻込みするほどだった。(本文より) 茂木健一郎の「樹下の微睡み」はこちらから→http://yakan-hiko.com/mogi.html
著者: 茂木 健一郎
-
メガヒット作『君の名は。』を辛口で批評する
- 著者: 切通 理作
- ナレーター: 菅沢 公平
- 再生時間: 6 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
少年少女の身体が入れ替わる……と言えば山中恒(やまなか・ひさし)の小説で大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)監督により映画化もされた『転校生』が思い出されるが、この場合は東京のド真ん中と、地方の奥深い山村とに遠く離れた、お互い誰なのかも認識していない2人が主人公。入れ替わる前に携帯電話でメッセージを残して痕跡を伝え合う。 だがやがて、2人は場所だけでなく、生きていた時間すらもズレていた事がわかる。少女の居る村が迎えたお祭りの夜は、この地が彗星の落下で壊滅する夜でもあった。死に向かって続く彼女の時間。 それを認識した時、少年はもう少女と入れ替わる事はなくなる。少女は死んでしまったのか? ふたたび時空を越えて、彼女を救いだす事は出来ないのか?(本文より) 切通理作の「映画の友よ」はこちらから→https://yakan-hiko.com/risaku.html
著者: 切通 理作