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あらすじ・解説
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾八 大阪・阿倍野 白狐が生んだ安倍晴明
- 白狐の化身の女性が通い、安倍晴明が生まれた、豪族・阿部氏の根拠地、大阪・阿倍野
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
稀代の陰陽師・安倍晴明ゆかりの地と言えば、京都の晴明神社や一条戻橋が有名だが、大阪・阿倍野の安倍晴明神社も欠かせない。安倍晴明という占術の大家を祭神とし、「拝み屋」文化の盛んな大阪だけあって、境内の占いコーナーで東洋・西洋の占い師が日替わりで相談に乗ってくれるこの神社は、晴明出生の地に祀られたものだが、そもそも阿倍野という地名は、古代豪族阿部氏の根拠地であったことに由来する。そして、当地に住んでいた安倍保名(やすな)が、「信太の森」で白狐を助け、その狐が化けた「葛の葉」という女性が保名の元へ通い、やがて生まれたのが晴明という伝説がある。正体を知られた葛の葉は「恋しければ信太の森まで訪ねて来い」という歌を残して去り、保名と晴明が訪ねたところ、葛の葉が現れて、神秘的な力を持った霊宝を授けたという。この伝説は、人形浄瑠璃や歌舞伎の題材ともなっているが、阿倍野からいくらか南に離れた和泉市に信太森葛葉稲荷神社が建ち、伝承地となっている。また、安倍晴明神社の隣に建つ阿倍王子神社は、熊野参詣路の九十九王子の一つで、信太も熊野参詣路の途上にあった。人と物とが行き交う街道筋に、異能者の異常出生譚の背景を探る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十二 茨城・日立 星を司る「最強」の まつろわぬ神
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
-
総合評価
-
ナレーション
-
ストーリー
茨城県日立市に鎮座する、大甕倭文(おおみかしずり)神社。 この神社の境内には、「宿魂石」という、山のような巨岩があるが、 神話に登場する星の神・天津甕星(あまつみかぼし)、別名香香背男(かがせお)を、 倭文の神・建葉槌命(たけはづちのみこと)が討ち、ここに封じたものだという。 天津甕星は、国譲りのあたり、天孫降臨に先立って様々な国津神を平定した場面に、 わずかに登場する神だが、出雲で国譲りを成し遂げ各地を平定した、 建御雷命(たけみかづちのみこと、鹿島神宮の祭神)と、 経津主命(ふつぬしのみこと、香取神宮の祭神)にも従わず、 ついに建葉槌命によって討たれたのだという。 この神話は謎だらけだ。まず、天津甕星は国津神ではなく、 「高天原にいる悪神」だとされていること。つまり天津神なのだが、 天津神にして天照大神に従わない神が存在すること自体、神話上不合理だ。 せいぜいが暴虐を働いた須佐之男命くらいだが、それでも最終的には従っている。 建葉槌命も他に伝承のほとんどない神で、織物の神だが、武神・雷神の建御雷命や、 剣神・経津主命でも平定できなかった悪神を、なぜ織物の神が討伐できたのかも謎だ。 日本神話では、明確に星の神だと書かれているのが天津甕星のみという謎もある。 星の名を持つ神も、他に物部氏の神話にわずかに登場するのみ。 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七拾五 茨城・行方 有角蛇・夜刀神 物語に生きる魂
- 常陸国風土記の「まつろわぬ」角のある蛇・夜刀神 「物語化」によって魂を語り継ぐ
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 33 分
- オリジナル版
-
総合評価
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ナレーション
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ストーリー
霞ヶ浦と北浦に挟まれた、茨城県南部の行方市。古より行方郡と呼ばれ、常陸国風土記にも、沢山の物語が掲載されている地である。その一つに「夜刀神」の物語がある。継体天皇の時代、箭括氏麻多智(やはずのうじまたち)が、谷あいの土地を開墾し田としようとしたところ、頭に角のある蛇「夜刀神(やとのかみ)」が沢山現れ、妨害した。そこで麻多智は夜刀神を打ち殺して追い払った。そして山と田との境界の堀に杖を立て、山を夜刀神の土地、田を人の土地とすることを宣言し、麻多智が子々孫々神として祭ることとした。さらに、孝徳天皇の時代、壬生連麿(みぶのむらじまろ)が、この谷の池に堤を築こうとした時には、池のほとりの椎の木の上に夜刀神が群がって登り、去ろうとしなかったので、壬生連麿が工事で使役していた人々に打ち殺すよう命ずると、逃げ隠れた。このような話が書かれている。麻多智が神を祭った場所は、行方市玉造の愛宕神社と言われており、その手前に湧く泉が、壬生連麿が堤を築こうとした「椎井の池」だという。謎多き夜刀神の伝承であるが、同じ風土記の行方郡の記事には、数多くの「まつろわぬ民」が登場し、彼らとの関係が窺われる。また、彼らを討つ日本武尊の記述も多いが、風土記では日本武尊を「天皇」としている。物語に託された古の人々の魂を読み解く。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾四 飛騨・美濃の異形の宿儺 魔か神か
- 古代の飛騨・美濃に現れた両面四手四足の超人!円空も彫った両面宿儺は悪魔か神か!?
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 28 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
-
ストーリー
岐阜県の飛騨・美濃両地域の神社仏閣に、「両面宿儺(りょうめんすくな)」の伝説がある。彼は、二つの顔に、各四本の手足を持つ超人で、日本書紀にも仁徳朝の飛騨に現れたと書かれている。書紀では、人民を害し、朝廷に従わず討たれたとされ、岐阜県内の神社においても、書紀に近い伝承を伝える事が多い。一方、県内の寺院においては、善政を施した豪族や、龍を討った英雄、観音の化身などとして語られる。最も有名な伝承地は、円空作の宿儺像が残る、高山市東部、丹生川の千光寺だ。丹生川の北アルプスの麓には、宿儺が出現したという洞窟もある。高山市街、日本三大夜祭・高山祭で有名な桜山八幡宮他、美濃から丹生川へ至るルート沿いには、朝廷軍の進軍を伝える八社の八幡神社が鎮座する。高山市南部の飛騨一宮・水無神社には驚くべき伝承がある。ここでは「七儺(しちな)」という女の龍を宿儺が討ったとされているが、中世の記録によれば、水無神社の神体山・位山に宿儺が降臨し、神武天皇に皇位を授けたという。位山は、古代の祭祀遺構である巨石が数多く存在し、飛騨こそ大和以前の皇室のルーツだとする「異端」の説もある。「堕落論」で有名な坂口安吾氏も、宿儺や「飛騨王朝説」について調査し著述している。聖俗の交錯する異形の超人伝承の謎に挑む。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾参 青森・弘前 鉄の技術者 鬼神様
- 岩木山の麓に鎮まる神社で、神と崇められる鬼は、製鉄と土木の技術者だった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
-
総合評価
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ナレーション
-
ストーリー
青森県弘前市、岩木山の麓に、鬼神社(きじんじゃ)なる神社が建つ。岩木山山頂奥宮に鎮まる大国主命の娘・高照姫神の霊験により、征夷大将軍・坂上田村麻呂が、山麓に社を建てたという由緒を持つ。神社にも関わらず、弘前藩主・津軽氏の家紋と同じ卍を神紋とし、境内に横になった一対の石の魚があるなど、不思議に満ちた神社であるが、何と言っても最大の謎は「おにがみさま」と呼んで尊んでいることである。昔、旱魃で村人が苦しんでいる時、大人(おおひと)と呼ばれる鬼が、山を切り開いて用水路を作ってくれ、以来、その鬼を祀っているとされる。当地の地名・鬼沢もその伝説に由来し、当神社の扁額の一部で「鬼」の字に角がないのも、鬼を崇め祀っているが故という。社殿の屋根下には、鍬、鎌、鋤といった鉄製の農具が、数多く奉納されているが、鬼が使ったかのように、巨大である。本殿には、実際に鬼が使ったとされる、千年前の鍬形が御神体として祀られているという。さらには、出所は定かではないが、本殿の地下に、永遠に錆びない巨大な刀が納められており、こうした高度な技術の持ち主であることが、隠された鬼の真相という話もある。日本各地の伝承を見ても、鬼は鉄と強く結びついており、平地の民が、山岳に住む異様な産鉄民の姿に、鬼を見たと言われる。津軽の神社から、鬼の神髄に迫る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之四 山形・秋田県境 鳥海山の荒ぶる「物忌」の神
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
東北の日本海側に聳える二千メートル級の独立峰・鳥海山。 その神を祀る、ただならぬ名を持つ大物忌神社は、 出羽国一の宮であり、古くから朝廷に重んぜられて来た。 そこには、一体どんな背景があるのか。 ○鳥海山は、度々噴火を繰り返して来た活火山であった ○出羽の蝦夷は屈強で、なかなか朝廷に従わなかった ○火山と蝦夷、これら「荒ぶる」存在を鎮めるという意図があった ○手長足長という、「まつろわぬ民」を彷彿とさせる妖怪の伝承も 手長足長という妖怪は、羽前・羽後国境の有耶無耶関にあって人々を悩ませ、 大物忌神が天より火を降らせて滅ぼしたとも、慈覚大師が法力で退治したともいう。 この関を越えて行った松尾芭蕉は、松島と同じような象潟の風景に魅せられた。 多数の小島が浮かぶ象潟は、鳥海山の噴火に伴う地震によって隆起して陸地となった。 このほか、周辺の土地には、いくつもの注目すべき史跡や伝承がある。 ●麓の沿岸には、「なまはげ」で有名な男鹿と対になる、女鹿という地名がある ●女鹿の近くには、荒磯に刻まれた巨大な石仏群、羅漢岩が立ち並ぶ ●沖に浮かぶ飛島は、鳥海山の頭が飛んで行って出来たと伝わる ●その飛島には、小物忌神社が建ち、蝦夷が住んだという人骨の見つかった洞穴もある 万年雪の斜面を踏み越え、荒ぶる神の住む山に挑み、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾八 大阪・阿倍野 白狐が生んだ安倍晴明
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著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十二 茨城・日立 星を司る「最強」の まつろわぬ神
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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茨城県日立市に鎮座する、大甕倭文(おおみかしずり)神社。 この神社の境内には、「宿魂石」という、山のような巨岩があるが、 神話に登場する星の神・天津甕星(あまつみかぼし)、別名香香背男(かがせお)を、 倭文の神・建葉槌命(たけはづちのみこと)が討ち、ここに封じたものだという。 天津甕星は、国譲りのあたり、天孫降臨に先立って様々な国津神を平定した場面に、 わずかに登場する神だが、出雲で国譲りを成し遂げ各地を平定した、 建御雷命(たけみかづちのみこと、鹿島神宮の祭神)と、 経津主命(ふつぬしのみこと、香取神宮の祭神)にも従わず、 ついに建葉槌命によって討たれたのだという。 この神話は謎だらけだ。まず、天津甕星は国津神ではなく、 「高天原にいる悪神」だとされていること。つまり天津神なのだが、 天津神にして天照大神に従わない神が存在すること自体、神話上不合理だ。 せいぜいが暴虐を働いた須佐之男命くらいだが、それでも最終的には従っている。 建葉槌命も他に伝承のほとんどない神で、織物の神だが、武神・雷神の建御雷命や、 剣神・経津主命でも平定できなかった悪神を、なぜ織物の神が討伐できたのかも謎だ。 日本神話では、明確に星の神だと書かれているのが天津甕星のみという謎もある。 星の名を持つ神も、他に物部氏の神話にわずかに登場するのみ。 ...
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- 常陸国風土記の「まつろわぬ」角のある蛇・夜刀神 「物語化」によって魂を語り継ぐ
- 著者: 高橋 御山人
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- 再生時間: 33 分
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾参 青森・弘前 鉄の技術者 鬼神様
- 岩木山の麓に鎮まる神社で、神と崇められる鬼は、製鉄と土木の技術者だった
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高橋御山人の百社巡礼/其之四 山形・秋田県境 鳥海山の荒ぶる「物忌」の神
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- ナレーター: 高橋 御山人
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著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十五 奈良・飛鳥 文化揺籃の地の 巨石と性の信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
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ストーリー
奈良県の飛鳥地方は、古代に都が置かれた、日本文化揺籃の地。 そこは、著名な石舞台古墳をはじめ、数多くの巨石構造物が残る地でもある。 それらのうちの幾つかは、大洪水の伝承や、ゾロアスター教の拝火台説など、 使途不明で、奇妙な言い伝えが残る、謎に包まれたものも少なくない。 そんな飛鳥の中心地に「飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)」が鎮座する。 飛鳥に都が置かれる以前から当地に鎮座する、出雲系の極めて古い神社であるが、 境内には数多くの男根と女陰の形の石が祀られており、飛鳥巨石文化の一部を成す。 この神社に伝わる「お田植祭(おんだまつり)」も、奇祭として知られる。 豊作と子孫繁栄を祈るこの神事では、天狗とオカメが性行為の踊りを奉納する。 現代では、前近代的な奇習としてばかり注目されがちなこういった文化も、 かつては家や村落の存続を賭けた、真摯な祈りが込められたものであった。 何となれば「子作り」は、現代においても、人工授精・体外受精など、 先端科学の粋を集めてでも成し遂げたいと願う人々も少なくない、 「自然の神秘」に左右される、困難で切実な事象だからだ。 近代以前の、生存率の低い社会にあっては、「子作り」はまさに神頼みであった。 子のない夫婦が神に祈って超人的な子を授かるのは、民話の定番でもあるし、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾五 島根・隠岐 「戦う天皇」配流の島々
- 後鳥羽帝、後醍醐帝、幕府と戦って配流となった天皇の足跡を、隠岐の島々に訪ねる
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
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- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
島根半島の北、約50kmの沖に浮かぶ隠岐諸島。本土に近い知夫里島、中ノ島、西ノ島から成る島前、その沖の島後島一島のみの島後と、大きく二つの地域に分かれている。神話の国・出雲の沖に浮かぶだけあって、古い歴史を今に伝えており、島後の玉若酢命神社(たまわかすのみことじんじゃ)は、古代からの国造・億岐家(おきけ)が、代々宮司を務めている。ここには、現存唯一の、律令時代に朝廷から支給された駅鈴が、今も保管されている。日本海を挟んで新羅や渤海といった国々との交渉もあり、隠岐国一国を成した。このように、都からはるか遠くの離島とは言え、古代から栄えて来た隠岐であるが、平安時代以降は、小野篁始め、数多くの人々が流刑に処される地となった。特に中世、後鳥羽、後醍醐と、二帝が流されて来た事は特筆すべきである。後鳥羽上皇は、承久の乱に敗れた後、島前の中ノ島に流され、ここで十九年を過ごして崩御した。現在も行在所跡や御火葬塚が残り、隣接して隠岐神社が建っている。後醍醐天皇は、倒幕に失敗して流されたが、一年後に脱出し再び挙兵して幕府を滅ぼし、建武の新政を行った。隠岐滞在時の行在所は、島後の隠岐国分寺とも、島前西ノ島の黒木御所とも言われる。今、黒木御所跡には、黒木神社が建っている。配流の島々に、二人の「戦う天皇」の見果てぬ夢を見る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之八拾四 長崎・対馬 国境の島の太陽信仰
- 天照大神のルーツの一つがあり、中世には「お天道様」を崇めた、国境の島の太陽信仰
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- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
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ストーリー
朝鮮半島と九州の間に浮かぶ巨大な離島・対馬。南北約80kmの細長い島で、九州までは100km以上あるものの、韓国までは50km弱の距離にあり、天気が良ければ朝鮮半島を望む事が出来、夜には釜山の夜景が見られる事もある。その地理的な条件により、古代から朝廷に重視され、式内社が非常に高密度に存在する。島の中程に鎮座する阿麻氏留神社(あまてるじんじゃ)もその一つで、天日神命(アメノヒミタマノミコト)を祭神とするが、これは天照大神のルーツの一つと言われる。古史古伝には「アマテル」なる男神の太陽神を伝えるものもある。壱岐が月読神のルーツとされる「月信仰の島」であるのに対し、対馬は「太陽信仰の島」なのである。対馬の最南端・豆酘(つつ)の多久頭魂神社(たくづたまじんじゃ)も、式内社であるが、ここは中世、天童菩薩信仰の中心地として栄えた。天童菩薩は、天道法師とも呼ばれる、対馬独特の神仏習合の神であるが、「お天道様」に通ずる、太陽信仰である。対馬北部の海沿いには、やはり式内社の天神多久頭魂神社(てんじんたくづだまじんじゃ)が建ち、こちらも豆酘と並ぶ天道信仰の聖地である。石垣で囲まれた境内に社殿はなく、囲いの中に鏡が青空の下に祀られていて、沖縄の御嶽を彷彿とさせる。独特の太陽信仰を肌で感じた、「国境の島」高橋御山人若かりし日の滞在記。
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾参 コシャマイン破りて就いた「蝦夷の王」
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ストーリー
北海道西南部、上ノ国町の海を望む山の頂に、夷王山神社(いおうざんじんじゃ)が建つ。その中腹には、保存状態の良い、中世の山城・勝山館(かつやまだて)の遺跡がある。中世、北海道の南部には「渡党(わたりとう)」と呼ばれる、和人もしくは人種的・文化的に和人に近いアイヌが住んでいた。彼らは「道南十二館」と呼ばれる拠点を築き、各館は道南、津軽、秋田にかけての地域を支配した豪族・安東氏の配下にあった。「上ノ国」という地名も、二家に分かれた安東氏の家名に由来する。渡党はアイヌと本州との交易などを糧としていたが、やがてアイヌとの摩擦が拡大、渡島半島東部の首長・コシャマインを中心とするアイヌの蜂起に発展する。アイヌは強く、十二館のうち十までが陥落する。そこで、上ノ国・花沢館の館主・蠣崎氏(かきざきし)の養子となっていた、若狭武田氏の一族という武田信広が、残った武士を集めて反撃、アイヌに勝利する。戦いの後、花沢館は勝山館に移り、信広は夷王山山頂に葬られたという。その子孫は蝦夷地での支配権を確立、安東氏の支配をも脱して、松前藩主・松前氏となる。夷王山は、松前氏にとって、偉大な祖神が眠る聖地であった。神社を鍵に、知られざる中世北海道の歴史を紐解く。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾 まつろわぬ「鬼」達 日本史の裏側(特別対談)
- 作品の多くに共通するテーマ「まつろわぬ民」や「鬼」。その頂点に「天皇」が!!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 43 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
本シリーズも第九十社。テーマは言うまでもなく「神社」だが、作品の多くに共通するテーマとして「まつろわぬ民」や「鬼」がある。それは高橋御山人が長年運営しているWEBサイト「邪神大神宮」のテーマでもある。いずれも朝廷や幕府といった時々の権力に容易には従わなかった人々であり、本シリーズは第一社からしてアテルイがテーマで、各地の土蜘蛛を度々取り上げ、鬼女紅葉、酒呑童子、温羅等、「鬼」そのものも数多く紹介した。隼人の首領とされる弥五郎どんや、飛騨の両面宿儺等、「まつろわぬ」族長の影が濃い存在も登場している。傀儡子師や木地師といった、非農耕非定住の漂泊民も取り上げた。彼らも農耕定住を基盤とする日本の歴史的統治体系からすれば、一種の「アウトサイダー」であり、「まつろわぬ民」や「鬼」につながっている。非農耕の産鉄民をテーマとした回もあるが、農耕民から異様に見られた彼らは、「鬼」のルーツの一つである。こうして振り返ってみると、その一つの極、頂点に、後醍醐天皇という存在が浮かび上がって来る。天皇という体制の頂点にありながら、体制を破壊し再構築しようとした後醍醐天皇こそ、究極の「まつろわぬ」存在であり、「鬼」ではないか。そしてそれは、一般の認識とは異なる「天皇制」の別側面の象徴でもあった。「日本史の裏側」を透視する特別対談。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七拾四 秋田三湖 古の龍伝説が未来を拓く
- 田沢湖・十和田湖・八郎潟の「秋田三湖」に伝わる龍伝説に、明日への展望を見出す
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
秋田県にある「秋田三湖」と呼ばれる三つの湖。その全てに龍の伝説が伝わっている。まずは、田沢湖の「辰子姫」。このあたりに住んでいた人間の娘・辰子は、永遠の美を求めて観音菩薩に願を掛け、お告げにより山中の泉の水を飲んだ。しかし喉が渇いて際限なく水を飲み続け、龍の姿に変ってしまった。そこで仕方なく泉を広げて湖とし、そこに住んだ。これが田沢湖だという。湖畔のその泉の近くには、辰子姫を祭る御座石神社が建っている。青森との県境にある十和田湖にも、近くに住んでいたマタギの若者「八郎太郎」が、掟を破って仲間のイワナまで食べてしまい、川の水を飲み続けて龍となり、十和田湖を作って住んだという伝説がある。そこに、熊野で修業を積んだ山伏「南祖坊(なんそのぼう)」が現れる。南祖坊は「草鞋が切れた場所が終の棲家となる」という神託とともに鉄の草鞋を授かり、その切れた場所が十和田湖だった。南祖坊はここで龍に化身して八郎太郎と戦い、勝利する。これが十和田神社に祭られる青龍権現である。敗れた八郎太郎は西へ逃れて湖を作って住む。これが八郎潟であり、湖岸の八郎神社に祭られている。その八郎潟を戦後干拓して作ったのが大潟村で、入植した村民により建てられた大潟神社にも、八郎太郎は祭られている。古の龍伝説を辿り、明日にまで展望を広げた未来志向対談。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十六 島根・奥出雲 八岐大蛇と製鉄神 トーテムの物語
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 28 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
島根県南東部、中国山地沿いの奥出雲地方は、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話の舞台。 鳥取県境の船通山は、高天原を追放されたスサノオノミコトが降臨した山とされる。 山中の鳥上滝は、出雲一の大河・斐伊川の源流で、八岐大蛇の棲み処だったと伝わる。 八岐大蛇の神話には様々な解釈があるが、その一つが「治水神話」である。 暴れ川である斐伊川を見事に治めたのが、スサノオノミコトだというのだ。 蛇や龍は、世界中の神話で水を司るものとされている。 「製鉄神話」や「征服神話」とする説もある。八岐大蛇の尻尾から、三種の神器の一つ、 天叢雲剣が出るが、これは当地の土着民を降し、鉄資源と生産を得た物語なのだという。 中央で編纂された記紀神話にある八岐大蛇退治も、出雲で編纂された風土記にはない。 これは、征服者に魔物とされた存在も、被征服者にとっては祖神であるからともいう。 さて、奥出雲地方は、古より製鉄の盛んな土地で、今もたたら製鉄を行う場所がある。 「金屋子神(かなやごかみ)」を祀る神社の総本宮、金屋子神社もあり、 全国の鉄山師の信仰を集めた。今も境内に数多くの鉄滓が置かれている。 金屋子神は、死の穢れを好むなど、通常の神道の常識とは大きく異なる信仰を持つ。 片目・片足の神や魔物などは、過酷な製鉄に従事し障害を負った民が、 ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾 京都・丹後 聖なる元伊勢と 鬼跋扈する魔界
- 伊勢の神宮のルーツの一つでありながら、鬼が跋扈する魔界でもある、驚くべき丹後の謎
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
京都府丹後地方、日本三景・天橋立のすぐ北側に、丹後一宮・元伊勢籠神社(このじんじゃ)が建つ。伊勢の神宮・外宮の豊受姫神は、元々ここに鎮座していたとされ、天照大神も、宮中から出て伊勢の内宮に鎮まる前に、ここに数年祀られたという。宮司を代々世襲する海部氏は、神話に遡る非常に古い家柄であり、社宝にして国宝のその家系図は、現存では日本最古のもの。神社に受け継がれた二枚の鏡はそれぞれ前漢・後漢のものであり、出土品ではない伝世鏡としては、これも日本最古。また、元伊勢内宮・外宮と称する神社は、天橋立の南に聳える大江山の山中にも別にあり、「天の岩戸」も存在する。一方、大江山は、酒呑童子伝説で有名な鬼の住む山。しかも、大江山の「鬼」はそれだけではない。大和朝廷黎明期には、土蜘蛛・陸耳御笠(くがみみのみかさ)が丹後じゅうを転戦し大江山に入って消息不明になったといい、聖徳太子の弟・麻呂子皇子(まろこのみこ)が、大江山の悪鬼、英胡(えいこ)・軽足(かるあし)・土熊(つちぐま)を討ったという。伊勢の神宮発祥の地にして、三つの時代に渡り鬼が跋扈する魔界。聖と魔の交錯する根源に、古代「丹後王国」の繁栄を見る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之壱百 青森・十三湖 「まつろわぬ」はじまりの地
- 高橋御山人の「まつろわぬ旅」は、偽書曰く「まつろわぬ国」建国の地よりはじまった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
津軽半島北西部、日本海と繋がる十三湖は、古くは十三湊と呼ばれ、中世には日本の十大港湾に数えられる程に繁栄した。ここを拠点とした安東氏は、北海道にも進出し、和人とアイヌとの間の交易を取り持った(本シリーズ其之参拾参参照)。安東氏が南部氏に津軽を追われた後は衰えたが、大規模な宗教施設の遺構が発見されている山王坊日吉神社など、往時を偲ぶ神社仏閣や遺跡が、周辺に多数残っている。安東氏は、後に秋田氏となり、奥州三春藩主として明治まで続いているが、特異な家系伝承を伝えており、前九年の役で討たれた安倍氏、さらに神武天皇に討たれた長髄彦の兄・安日まで遡るという。相内の神明宮は、かつて長髄神社と呼ばれ、長髄彦を葬った場所とも言われる。境内には縄文時代の貝塚があり、人骨が発見されている。昭和末期には、こうした伝承を過剰に膨らませ、古代の日本には西の大和朝廷に対する東の荒吐王国があったとする「東日流外三郡誌」が発表され、学界に騒動を巻き起こした。本書は科学的に偽書である事が確定しているが、一方で本書により古代の東北、津軽が脚光を浴びたのも事実である。それは、高橋御山人の生涯にも強い影響を及ぼした。偽りであっても、絶大なパワーを持つ「コンテンツ」には違いないのである。「パワーを発する」コンテンツ・百社巡礼、ここに完結!
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十 長野・鬼無里 鬼女紅葉の里 古の巫女の残り香
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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ナレーション
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ストーリー
長野県最北部の谷あい、長野市鬼無里に鎮座する加茂神社。 都より流されて来た「鬼女紅葉」が、京を偲んで建てたとされる。 彼女は能「紅葉狩」に登場する美女で、鬼無里の隣、戸隠の岩屋に住んだという。 伝説では、盗賊達の首領となり、朝廷の将軍と妖術をもって戦い、討たれたといい、 悪の親玉、まさに鬼女のなのだが、鬼無里には全く違った伝承がある。 ●都から流されて来た紅葉は、京の文化を鬼無里へもたらした ●呪術に長けた紅葉は、その力で村人の病気を治した ●紅葉が都を偲んで付けた、京にちなんだ地名が、多数残っている ●紅葉が住んだ家は「内裏屋敷」と呼ばれ、今に至るまで慕われて来た 鬼無里には、鬼女紅葉伝説以外にも、不思議な伝説が数多く伝わる。 その中でも出色なのが「遷都伝説」。日本書紀に、天武天皇の信濃遷都計画が載るが、 それを伝える地名が数多く残り、その悉くが鬼女紅葉由来の地名と重複する。 さらに、県内近隣には、紅葉という名の山姥が子の金太郎を育てたという山も。 山姥とは、山に住む女性シャーマンとの指摘もある。鬼女紅葉とは、何者なのか。 ○天鈿女命や卑弥呼、土蜘蛛など、古代日本の宗教では神懸る巫女が重要視された ○女性シャーマンの系譜は、漂泊の巫女、芸能者、遊女へと受け継がれた ○呪術を駆使し漂泊の芸能者でもある紅葉は女性シャーマンそのもの ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之六拾参 岩手・江刺 まつろわぬ経清 斯く戦えり
- 朝廷を裏切り、蝦夷に味方した奥州藤原氏の祖・藤原経清 そこに武家文化の淵源を見る
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 32 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
其之五拾九「岩手・衣川 命懸けで詠む歌の真髄」でも取り上げた、岩手県奥州市。そこはアテルイから安倍氏、奥州藤原氏へ至る、古代東北史の舞台だ。北上川東岸の旧江刺市には、奥州藤原氏初代・清衡とその父・経清の居城であった豊田館跡や、経清と一族郎党の墳墓と伝わる五位塚がある。式内社・鎮岡神社(しずめがおかじんじゃ)も鎮座する。清衡は、豊田館跡の鎮守としてこの神社を尊崇、社殿の修造や荘園の寄付を行ったという。江戸時代には、中部・東北・北海道を旅した博物学者・菅江真澄も参拝し「畏しな荒ぶるとても幣取らば心鎮めの岡の神籬」という歌を残している。神社名にかけ自らの心を鎮める歌と解されるが、この神社が荒ぶる神を鎮めている事を、言外に仄めかしているようにも思われる。鎮岡神社は五位塚の麓に鎮座し、その地名も五位塚であって、それと無関係とは思われないからである。藤原経清は五位の官人でありながら朝廷に背き、蝦夷の末裔・安倍氏と共に前九年の役を戦って源氏に辛酸を舐めさせ、敗れた後、鋸挽きで処刑されたという。一方で、それが明言されないのは何故か。それは潔き武将を怨霊とせず貶めまいとする、敬意があるのではないか。勝敗や敵味方に関係なく、猛き者、智き者を尊ぶ、独特ながらも日本文化の主軸の一つとなった、高潔なる武家の精神文化の発祥を探る。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之九拾七 坂東に残る平将門新皇が駆けた足跡
- 日本史上唯一「新皇」を名乗った平将門。その即位にも終焉にも、神社が深く関係する。
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
日本史上唯一、自ら新たなる天皇「新皇」を名乗った、平将門。将門に関係した神社としては、東京・大手町の首塚とともに語られる事が多い神田明神など、死後の怨霊伝承を伝えるものが有名だが、「新皇」としての事績にまつわる神社もある。その一つが、群馬県前橋市の総社神社だ。当社は上野国の総社であり、他国と同じく、国司が国内の神社を巡拝する代わりに、国府の傍らに国内の神を集めて祀ったものである。将門は、常陸、下野、上野の国府を陥し、上野国府で諸国の任官を行うが、その時、一人の巫女が現われ、八幡大菩薩の神託を下す。この神託により、将門は新皇に即位したのである。この巫女や神託には、国府にあった総社が深く関与している可能性が高いと思われる。尚、中世に総社は位置が変わっており、近隣の旧鎮座地には今も宮鍋神社が建っている。ここには、将門が神託を受けた国府政庁の復元図もあり、当時の様子を偲ぶ事が出来る。将門は、茨城県坂東市の岩井に政庁を置いたが、朝廷による討伐軍はここに攻め寄せ、乱は二ヶ月程度で鎮圧された。この将門の本拠地にして終焉の地に建つのが、将門を祀る、その名も国王神社である。戦を逃れていた将門の三女・滝夜叉姫が、父の三十三回忌にあたり、木像を刻んで安置し祠に祀ったのが始まりと言われる。神社は「歴史の活断層」の標柱でもある。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之十四 青森・東北町 まつろわぬ象徴 「日本中央碑」
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
本州の北端近く、下北半島の付け根近くに位置する、青森県東北町。 ここには県内最古級の歴史を誇る、千曳(ちびき)神社がひっそりと鎮座する。 日本神話には「千曳の岩」というものが登場する。死した妻・イザナミを求め、 冥界へ下った夫・イザナギが、醜く変わり果てた妻から逃げて、 怒り追って来た妻を足止めする為、この世とあの世の境界に置いた岩である。 即ち、「魔」を入り込ませぬ為の境界防衛の岩であり、「塞の神」「道祖神」として、 村落の入口などを守る神として崇められた。千曳神社の神格も同様である。 ただし、この北辺の地にあっては、単なる村落の防衛が目的ではなかった。 ここは朝廷の勢力が辛うじて及ぶか及ばないかという地域であり、 蝦夷(えみし)を「魔」として、「魔」を祓い、朝廷を守る目的があった。 ゆえに、神社の創建は、征夷大将軍・坂上田村麻呂によるとされる。 そして、坂上田村麻呂がこの地に来て、「日本中央」と岩に刻んだという、 奇妙な伝説が、平安時代に生まれ、都の貴族らの歌に詠まれた。 その岩が、千曳神社の社殿の下に埋められていたというが、いつしか行方不明となる。 明治天皇の行幸時、政府の命令により捜索されるも見つからなかったその岩は、 戦後になってから、偶然発見され、今は近くの施設にて保存されている。...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之五拾九 岩手・衣川 命懸けで詠む歌の真髄
- 黄金都市・平泉の前身、衣川 戦人も詠む「和歌」とは何か?「まつろわぬ」芸術論!
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
中尊寺金色堂を抱え、「黄金の国ジパング」の由来ともなった平泉。奥州藤原氏が開いた、京にも匹敵するこの一大都市の北を、衣川という北上川の支流が流れている。その合流点近くには、芭蕉の「奥の細道」でも有名な、源義経最後の地・衣川館(高館義経堂)があるが、古くはこの衣川こそが朝廷の勢力圏と蝦夷の勢力圏の境界であった。そして、流域に広がる旧衣川村(現奥州市)には、奥州藤原氏のルーツである、安倍氏累代の拠点・安倍館があったと伝えられる。元々朝廷の武士であった藤原経清は、安倍氏と婚姻関係を結び、朝廷から派遣された源氏と、安倍氏の側に立って前九年の役を戦ったが、最終的には滅ぼされる。が、数奇な運命を経て、後三年の役の末に奥羽の覇権を握ったのが、経清と安倍氏の娘との子であり、奥州藤原氏初代の清衡である。衣川は平泉のルーツなのだ。安倍館の近くには、安倍氏の守護神・アラハバキ神(其の二「宮城・秋田古代東北のまつろわぬ信仰」参照)を巨石に祀った神社が建ち、前九年の役の古戦場も残る。そこで、源義家は、戦いながら歌を詠み、安倍貞任はそれに返したという。捕縛され都に送られた安倍宗任も、蝦夷と小馬鹿にする貴族相手に歌を詠み、教養を示したという。命懸けの局面ですら詠まれる「和歌」とは一体何なのか。その真髄を読み解く驚天動地の芸術論!
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之弐拾参 筑紫から信濃へ 海洋氏族 阿曇氏の展開
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
福岡市西部、博多湾と玄界灘を仕切る砂州・海の中道の先に、志賀島がある。ここは、漢の皇帝より奴の国王に贈られた金印が発見された地として、名高い。この島は、金印が発見されるにふさわしく、古代には海洋氏族・阿曇氏の根拠地であり、彼らが崇める海の神を祀った志賀海神社がある。顔に貝殻が付着して醜かったという「安曇磯良」の不思議な伝説もある。阿曇氏は、古代のある時期、志賀島から全国各地へ展開する。彼らが定着した土地には、氏族の名が付けられた。滋賀県の安曇川や、愛知県の渥美半島、福島県の安積原野などがそうだという。ここに見えるように、海洋氏族でありながら内陸にも展開した。その典型が、長野県の安曇野である。安曇野の穂高神社は、山に囲まれた信州にあって海神を祀り、船形の山車「御船」をぶつけ合う「御船祭」など、海洋氏族の名残を留める神事もある。一方、古代の安曇野には、坂上田村麻呂に討たれた「まつろわぬ者」八面大王の伝説もある。朝廷に食を奉る氏族でありながら、どこか異形の影がつきまとう、全国展開した海洋氏族・阿曇氏の足跡を追う。語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七 高知・物部 「いざなぎ流」民間呪術の里
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 29 分
- 完全版
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ナレーション
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ストーリー
「八十八ヶ所」「犬神」など、宗教文化・呪術文化の強い四国。 そんな四国の一角、高知県北東部、徳島県との県境の山間に位置する物部村に、 呪術的色彩の濃い民間信仰「いざなぎ流」が伝わる。 神道、仏教、陰陽道、修験道等、日本の様々な宗教、呪術が混交し、 明治の神仏分離以前の中世的な宗教文化が残る「いざなぎ流」には様々な特徴がある。 ○自然の神々に対する強い「畏れ」の念があり、眷属・精霊をも大切にする ○亡くなった先祖の霊に諸国の霊場を巡らせて、神へと昇格させる祭文 ○龍、花、鯛、人の顔など、バラエティに富んだ「アート」とも呼ぶべき形状の御幣 ○「式王子」など、陰陽道の「式神」に類似する儀式や概念 陰陽道を思わせる用語や儀礼の多い事は、以前から注目されている。 祖父が太夫(いざなぎ流の術師)であった物部村の女性は、 テレビドラマの陰陽師を見て、「祖父そっくり」と語った。 呪術が単なる儀礼として形骸化せず、意味を持ち続けて来たのも大きな特徴。 ●人を呪う「黒魔術」的な呪術も、いざなぎ流には伝えられている ●「黒魔術」の行使は禁忌だが、それを知らずして「白魔術」で力を発揮出来ないという ●大きな災いや神の祟りを防ぐため、力のある「黒魔術」を転用することもある ●川を挟んで太夫同士が呪術合戦を行い、水竜巻が起きたという伝承も ...
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七拾九 奈良・初瀬 「大和の出雲」に菅公鎮まる
- 古からの父祖ゆかりの地に菅原道真公が自ら鎮まり「コンテンツの聖地」となった初瀬
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 30 分
- オリジナル版
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ストーリー
奈良県桜井市、大神神社の神体山・三輪山の南麓の初瀬の地に、天武朝創建の古刹として名高い長谷寺がある。その参道西の山の中に、與喜天満神社が鎮座している。天満神社の名の通り、祭神は菅原道真公であるが、他の天満宮のように「怨霊鎮め」の為に建てられたのではない。長谷寺の鎮守・瀧蔵権現の勧めによって、自ら雷神としてこの地に鎮まったという。それは、当地の道真公の出自との深い関係による。長谷寺参詣の土産として古くから親しまれ、今も参道で売られている「出雲人形」という土人形があるが、それは近隣の出雲集落で作られている。大和にあって出雲という不思議な名を持つこの地は、古代、当麻蹴速との相撲の為に出雲より呼び寄せられ勝利した、野見宿禰ゆかりの地で、皇后の葬儀において、殉死に代わって埴輪を供える事を提案した話が、日本書紀にある。これが出雲人形の発祥とされ、野見宿禰の子孫は土師氏を称した。その後、土師氏の一部は、菅原氏を名乗る。道真公はその出身である。道真公は、父祖ゆかりの地に自ら鎮まったのである。なお、與喜天満神社は、中世、神前で連歌の行われる場所としても名高かった。歌人としても名を轟かせた道真公は、連歌の守護神でもあったのだ。更級日記では夢告を授かる場所としても描かれる初瀬。古の「コンテンツの聖地」巡礼記。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之四拾七 山梨・上野原、小菅 忌部、諏訪、太子 深き山路の古伝
- 忌部、諏訪、聖徳太子……「辺境」における「中央」とつながる物語の意味とは
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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ストーリー
百社巡礼の対談相手・盛池雄峰師宅のある、山梨県上野原市の神社を取り上げ、収録も上野原で行う「上野原シリーズ」。第三弾は、市北部の棡原(ゆずりはら)集落に鎮座する鷲神社。特徴的な名前のこの神社の祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)。この神は、古代の祭祀氏族、忌部氏の祖神である。忌部氏は四国の阿波に勢力を持ち、そこで神聖なる植物・麻を栽培し、その一部は黒潮に乗り、房総半島へ移住した(其之弐拾五阿波から安房へ 神祀る忌部と聖なる「大麻」参照)。この神が祀られている棡原には、麻の栽培技術を持った忌部氏の一派が移住して来たのか。棡原は、甲州街道から小菅村へ至る道沿いにあるが、その小菅村にも、天日鷲命を祀る箭弓神社(やぎゅうじんじゃ)がある。そのすぐ隣に建つ諏訪神社は、全国に約九千ある諏訪神社の内でも、二十番台にあたる由緒ある神社という。棡原から小菅へ至る道の途上には、鎌倉時代に建てられた長作観音堂があり、国の重要文化財となっている。そこには、六代孝安天皇の皇女と聖徳太子の伝説もある。山深い棡原や小菅に、なぜこんなにもはるか太古の歴史と関わる信仰や伝承があるのか。「辺境」における「中央」とのつながりの意味を考える。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之参拾壱 福島・奥会津 武家の世開くドラゴン退治
- ドラゴン=機織りの女神を征服して、会津に武家時代の夜明けを告げる、蘆名氏の伝説
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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ナレーション
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ストーリー
福島県西部、奥会津・金山町に、只見川から山一つ隔てて、沼沢湖というカルデラ湖が存在する。その湖畔に鎮座する沼御前神社は、浜姫命という、他に見られない神を祭神としている。伝説によれば、浜姫命、通称沼御前は、沼沢湖に住む雌の大蛇で、時折人に危害を加えていた。そこで、鎌倉時代初期、会津若松・黒川城(鶴ヶ城の前身)城主、佐原十郎義連(さわらじゅうろうよしつら)が、家臣を引き連れ、退治する。その首は湖畔に埋め、その霊を弔うために、沼御前神社を立てたという。以後、大蛇の霊は美女に姿を変え、湖底で機を織っていると伝わり、機織りの女神として、明治大正期には、機織りに従事する女性に熱心に信仰された。また、沼御前を退治した佐原十郎義連は、相模の豪族・三浦氏の一族で、源頼朝の挙兵に加わり、平家追討の一ノ谷の戦いでは、義経が率いた「鵯越の逆落とし」で真っ先に崖を駆け下りる武勇を見せたと「平家物語」は伝える。奥州藤原氏征伐の奥州合戦でも武功を上げ、会津に領地を与えられ、戦国時代、伊達政宗に滅ぼされるまで数百年に渡り会津を支配した、蘆名氏の始祖となる。会津に武家時代の夜明けを告げる神話的「ドラゴン退治」の伝説を読み解く。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之六拾八 京都へ遷された壱岐や大隅の月の神
- 数少ない月の神を祀る有力な神社が京都に二社 そのルーツは壱岐や大隅にあった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
天照大神、スサノオノミコトとともに「三貴子」の一柱でありながら、神話上の事績が乏しく、祭神とする神社も少ない月の神・月読尊。その数少ない中でも有力な神社が、京都に二つある。一つは京都市西京区の月読神社で、現在は近隣の松尾大社の摂社である。この神社の由来は日本書紀にあり、任那への使者に神託が下りて祀る場所を求めた為、朝廷が現在地付近を奉ったという。その祭祀は壱岐氏によって行われたが、壱岐氏は九州と朝鮮半島の間の対馬海峡に浮かぶ壱岐島を出自とする氏族で、海人であった。そのため、この月読神社には、内陸であるにも関わらず、今も船に関わる神事が伝わる。そして、壱岐島にも月読神社があり、ここから京都に勧請されたものと見られている。今一つは、京都府南部の京田辺市大住(おおすみ)の月読神社である。こちらは南九州のまつろわぬ民・隼人が、朝廷に従属した後、当地に移住して来た際に、彼らの神を移したものとされ、大住という地名も、彼らの故郷である鹿児島の大隅に由来するという。彼らが伝えた隼人舞は、能のルーツの一つともなった。その隼人舞は一時途絶えたが、大隅一宮・鹿児島神宮に伝わる隼人舞を元に復元された。鹿児島神宮周辺は隼人が朝廷と戦った激戦地で、彼らを弔ったという隼人塚もある。なぜか神社に祀られることの少ない、月の神の謎を解く(カバー画像イラストは日本神話と邪馬台国を題材とする小説「ラスト・シャーマン」の著
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其の二 宮城・秋田 古代東北のまつろわぬ信仰
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人
- 再生時間: 48 分
- 完全版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
大学卒業前、御山人が青春18きっぷ片手に、一人で行った東北旅行。 困難に満ちた道程を経てたどり着いたのは、多賀城・アラハバキ神社。 かつて「東北に朝廷に対抗する古代王国があった」とする内容で、 偽書騒動を巻き起こしたアラハバキ神とは何なのか?改めてその謎を掘り下げる。 ○手足の長い「まつろわぬ民」の荒ぶる魂 ○陸羽東線沿線にも篤く信仰されるアラハバキ神社が ○国譲りに納得出来ず?!三河の荒ぶる大国主命 ○怨み荒ぶるのは大陸的か それを鎮めて習合した日本の信仰 卒業旅行二日目は、冬の奥羽山脈を越え、秋田県へ。 後三年の役の古戦場で、腰まで雪に埋もれつつ訪ねたのは、 蘇我氏に滅ぼされた古代豪族・物部氏の末裔が守って来た唐松神社。 そこに満ちた数々の謎に挑む。 ●堀を巡らした三角錐の石積みの上に建つ社殿 ●神社の古文書には、物部氏の祖神が鳥海山に降臨し、出羽こそ物部の故郷と ●仏教を拒否して追われた神道を奉じる物部の「物」とは物の怪の「物」 ●「まつろわぬ民」と血縁を持ち、「韓をまつろわせた」物部氏 そして、「まつろう」「まつろわぬ」ことの現代的解釈や意義をも問います。 流行に「まつろう」ことなく、孤高の旅の中で見出したものとは。 語り:高橋御山人 聞き役:盛池雄峰
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之四拾壱 宮崎・高千穂 天孫降臨の地にまつろわぬ影
- 天孫降臨や天岩戸など、聖なる神々の事績を伝える高千穂にちらつく、「魔」の影を追う
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
宮崎県北東部の山間にある高千穂は、神話伝承の地である。天照大神の孫・ニニギノミコトが天照大神の命を受け、地上の統治の為に高天原より降臨した場所が、この高千穂とされ、天孫降臨の地として知られる。それだけでなく、高千穂には様々な神話伝承地があり、その中でも有名なものが、天岩戸神社だ。この神社の御神体は渓流沿いの岩窟であるが、これこそ天照大神が隠れた岩戸だという。その他、岩戸隠れの際、八百万の神々が集まって相談したという天安河原や、高天原の水を移したという天真名井など、数々の伝承地があるのだが、高千穂には、こうした「聖なる神々」の伝承地だけでなく、荒ぶる「まつろわぬ」鬼たちの伝承もある。その代表的なものが、神武天皇の兄に討たれた鬼八(きはち)であり、夜神楽で有名な高千穂神社には、その討伐の様子が彫刻されている。また、日向国風土記逸文には、天孫ニニギノミコトの降臨時、地上は暗闇に覆われていたが、二人の土蜘蛛の助言で明るくなったという神話が載っている。ここでは天孫に協力しているが、土蜘蛛は、記紀・風土記で天皇に逆らう土着の勢力として描かれ、後世には人を食う妖怪とされている。「魔」の影ちらつく神話の舞台の謎を解く。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之五拾六 東京にも残る古代の石神信仰 ルーツは諏訪に
- 東日本に残る古代信仰「石神」、その根源は諏訪の「ミシャグジ神」にあった
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 29 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
高橋御山人が毎日通る道沿いに鎮座する、東京都板橋区の天祖神社。その境内には「天孫降臨の頃」より存在したという男根型の石「おしわぶきさま」が祀られている。それは柳田國男の「石神問答」で指摘された、古代より東日本に広がっている「石神」である。そこからそう遠くない、練馬区石神井の石神井神社には「神代以前の石剣」を御神体とする石神井神社があるが、この石神井という地名も「石神」信仰に由来するものという。そして、各地に残る石神信仰のルーツを遡って行くと、諏訪の土着神「ミシャグジ神」の信仰へと辿り着く。それは、精霊崇拝的な原始信仰であり、近代以前は「神長官(じんちょうがん)」の役職を世襲する守矢家がその祭祀を司った。諏訪には、記紀神話とは異なる神話も伝わっており、守矢家は、皇室と同等の古さを誇る家だという。そのような原初的な信仰を伝える諏訪の祭祀には、串刺しにした兎や、鹿の生首を大量に供える血生臭いものもあり、諏訪大社は、仏教の教理に基づき建前上肉食禁止であった中世の日本において、狩猟と肉食の許可状を発行する唯一の神社でもあった。諏訪は、縄文文化が栄えた地でもあるが、諏訪大社の狩猟との関連は、狩猟が盛んだった縄文由来のものとも言われる。「平地」とは異なる「山」の原初的信仰と、そのセンターである諏訪について考察する。
著者: 高橋 御山人
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高橋御山人の百社巡礼/其之七拾弐 尾張、下総、常陸 物部が鎮めた石の下のモノ
- 石によってこの世とあの世、人の心を鎮めた物部氏 日本人の原初の死生観とは
- 著者: 高橋 御山人
- ナレーター: 高橋 御山人, 盛池 雄峰
- 再生時間: 31 分
- オリジナル版
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総合評価
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ナレーション
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ストーリー
名古屋の高橋御山人の実家近くに、物部神社が鎮座する。神武天皇の時代、当地のまつろわぬ民を討って、大石を鎮めとし、それを御神体とするということだが、それは討ったまつろわぬ民の怨霊を封じた「重石」ということになる。実際、この大石は、別名を鎮撫石という。鎮撫とは、反乱を鎮める意。要石、根石の別名もあるが、これもまた「まつろわぬ民」封じの感がある。要石とは大地を鎮め地震を防ぐ呪術的な意味の石であるが、有名なものは鹿島神宮と香取神宮のものである。それらは、地表に出ている部分はわずかであるが、深く樹木が地中に根を張るように伸びていると伝わる。これらにも地震鎮めの意はあるが、両神宮の祭神は、天孫降臨に先立ち国津神を平定した武神であり、朝廷黎明期の勢力圏の端にあって、両神宮には北の蝦夷に睨みを利かす意味がある。また、鹿島の神は中臣氏の氏神であり、古代には神事を司る氏族としてより上位の、物部氏の包括下にあったという。香取の神は、物部氏が石上神宮にて直接祭祀を行っている神である。物部氏は軍事をもってまつろわぬ民を平らげ、神事をもってその怨念を鎮め、支配地の人心を鎮めた。そして石によって死者を鎮めるという祭祀には、地下に暗い死者の国があるという、古代の死生観が根底にあった。石を通じ、日本人の原初の死生観に迫る。
著者: 高橋 御山人